着物の本(39) もめん随筆
大分昔の本です。
森田たま
上でご紹介しているアマゾンリンクは、今、簡単に手に入る2008年刊の文庫版ですが、オリジナルは1936年に中央公論社から出たものです。第二次世界大戦前の随筆になり、著者の森田たまは1894年生まれの明治の女。森田たまは、元々文学を志して北海道から上京しながら、一旦は結婚して関西に落ち着き、その後、38歳の時に「着物・好色」というこの本に収録されている名随筆により再デビュー。再上京し、その後沢山の本を書く傍ら、国会議員をつとめるなどの活躍をした方です。私はこの本を読むまで存じ上げませんでしたが、戦前〜戦後にかけてはかなり有名な存在の方だったのではないでしょうか。
着物に絞った本ではなく、身の周りの色々を書いたエッセイ集ではありますが、きものが日常着だったころの随筆ですから、ファッションの事となると多くが着物の話になります。このブログは着物の本の紹介なので、着物中心のエッセイをピックアップしてみると、下記の7編でしょうか。
「あひ状」…夏に着ると色っぽいきものとは?
「東京の涼」…百貨店の番頭さんについて
「花の色」…夢二の「みなとや」、半襟について
「桃花扇」…安い紡績に間違えられた結城縮のきもの
「絹もすりん」…東京の浴衣、札幌の思い出
「木綿のきもの」…実は木綿のきものこそ贅沢
「着物・好色」…秋。女がきものに執着するのは何故か
最近のエッセイはどちらかというとテーマがあって、それにオチが着くようになっていると思うのですが、この本のそれは、きらきらとしてやさしい表現が読みやすく、はっとする着眼点が面白いものの、万華鏡のように話が次々と切り替わっていき、読み終わってみると特にオチも着かず、何が中心テーマだったのかよくわからない、でも読後感は悪くない、というものが多いです。
が、そうしたエッセイの中で、「着物・好色」が出色と思うのは、はじめに娘の着物を取り出して裁縫を始めるシーンから始まり、話がいくつか切り替りながらどんどん想像力が広がっていき、はっと我に返って最後に元のシーンに戻って終わる、という所で、おそらくこうしたまとめ方が賞賛されたのでしょうし、現在のエッセイのお作法の土台になったのかなぁ、と思います。また、ビジュアル的な表現も素晴らしく、このままCGを加えた映画か、アニメーションにしたら素敵なんじゃないか、という思わせる内容です。
この文庫版に収録されている市川慎子さんによる解説も、とても良い文章です。